
2017年08月27日
七夕specialVol18アイシテル
大きく丸い瞼を
&xa0;
閉じる。
&xa0;
&xa0;
自分を捨てて、閉じる。
&xa0;
欲しくて、閉じる。
&xa0;
あの男になり、閉じる。
&xa0;
真っ暗になる。
&xa0;
遠くに聞こえていたカンナムの喧騒が、嘘のように消える。
聞こえるのはーーーー。
&xa0;
&xa0;
自分の頬を、その白く細い指で静かに優しく、だが、そろそろと震えながら撫でている女の息遣い。生まれた時からともに同じ時を過ごし、ずっと見護ってきた女の、あの吐息ノオト。
&xa0;
そして、自分の胸を激しく揺り動かしている、自身の心音。
&xa0;
&xa0;
それだけにしたかったのに、その世界を壊す、いや、その世界へと繋げようとしている別の音が、そこには、あった。
&xa0;
ウンスの背後から、出るはずのない力で絞り上げるように抱きすくめている、あの男の、途絶えがちな掠れた息ノオト。
&xa0;
自分の印を、自分の女に、貪るようにつけているその滑るオト。
&xa0;
そのオトはよく聞こえるのに、その女の耳だけに流し込まれている、あの男の想い。あの男が決断した告白は、ミョンノサムに届けられることはなかった。
&xa0;
&xa0;
二人が今、一つになっていることを、ミョンノサムは分かっていた。
&xa0;
一体どれだけ、その時を欲していたのか。どれだけ、その時を待ち望んでいたのか。
&xa0;
どれだけーーー。
&xa0;
どれほどまでにーーー。
&xa0;
&xa0;
独りの辛い夜を、何度も強いられ、その度に、早く朝の光を、光の前の鳥のさえずりを聞きたいと、それだけを願い、やり過ごしてきた、二人の、独りの夜。
&xa0;
朝さえくれば、その先には忙しい日常がやってくる。そうすれば、その時だけは、その辛さから逃れることができる。だが、その日常を得るために、二人は、この真っ暗で底なし沼のようなその刻を、過ごさねばならなかった。
&xa0;
どれだけ、その枕を、その下の白い布を、濡らせばよいのか。
流して、流して、流してーーー。
濡らして、濡らして。そして、濡らしてーーーー。
&xa0;
&xa0;
どこまで流し濡らしたら、なくなるのか。この雫は。
そう想う二人。
&xa0;
だが、それがなくなってしまったら、もはや、この苦しみに耐えられるはずもないということを、二人はまた、分かっていた。
&xa0;
それを流すために、濡らすためだけに、ただ、水を呑みほす。
&xa0;
そんな日。
&xa0;
&xa0;
&xa0;
喉が鳴る。
&xa0;
止めたくても、鳴ってしまう音。自分の中に?み込みたくても、どうしてもその喉を通り抜け、その下の胸へと落ちていかず、つまりそうな喉の苦しみに耐えられず、思わず唇を開ける。
&xa0;
はああっ
&xa0;
そこに漏れ出る、ミョンノサムがようやく知った、自身の愛のオト。そのオト、かき消すためにつかもうとしたが、遅かった。
&xa0;
目の前にいる女が、その唇の輪郭を、触れるか触れないかの感じで、触れていく。
&xa0;
後ろにいる男に命令されて、そろそろと、触れていく。
&xa0;
&xa0;
イムジャ
&xa0;
触れて
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
唇に
&xa0;
その唇に
&xa0;
愛しているのです
&xa0;
&xa0;
ですから
&xa0;
触れて
&xa0;
&xa0;
後ろから、突き上げるような自分の男の愛を存分に感じながら、ウンスは、その愛する男の言うとおり、目の前にいる男の唇を、かすめるようになぞっていく。
&xa0;
自分の男なのだと、そう後ろから繰り返し囁く、チェヨンの言う通り。
その少し空いてしまった唇をーーー。
&xa0;
&xa0;
すみませぬ
&xa0;
独りにして
&xa0;
泣かせて
&xa0;
こんなにも泣かせて
&xa0;
&xa0;
&xa0;
すみませぬ
&xa0;
イムジャ
&xa0;
すみませぬ
&xa0;
&xa0;
&xa0;
でも
&xa0;
これからは
&xa0;
&xa0;
大丈夫
&xa0;
&xa0;
大丈夫ですゆえ
&xa0;
&xa0;
&xa0;
ずっと側におります
&xa0;
ずっと側に
&xa0;
&xa0;
俺がヨンはイムジャの側にずっと
&xa0;
もう独りにはしませぬゆえ
&xa0;
独りにはしませぬ
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
息をするのも絶え絶えという体ていでソウルへ戻ってきた親友、ヨンクォンが心配でならず、ともに高麗への道を歩んだミョンノサム。
&xa0;
この男に、あの刻。ウンスを渡し、その男が護るべき刻は終わったはずだったのに、ヨンクォンがともにいられない刻だけ、見護っていればよいはずだったのに。渡したはずのヨンクォンもまた、そのあまりにも大事な手を離し、ウンスの本当の男、チェヨンに渡していた。
&xa0;
&xa0;
高校時代。ヨンクォンがウンスを連れ家まで戻ったのを、二階の窓から確かめ、カーテンの僅かな隙間を引く日。向かいのウンスの家。その扉が閉まるオトを聞き、ようやくミョンノサムの一日が終わる。
&xa0;
いや、終わったのではなく、ようやくそこから、その男のあの時間が始まる、そんな日だった。
&xa0;
&xa0;
楽しかった
&xa0;
単純に、楽しかったな
&xa0;
そう独り、言葉に出してみる。
&xa0;
昔を思い返す、あまりにも幸せな刻。おかしなことが多すぎて、刻に、
&xa0;
ふっ
&xa0;
と声に出して笑うことも多かった。
&xa0;
その間にも、その男のスマホにはプッシュ通知がどんどん寄せられる。
&xa0;
&xa0;
明日の放課後、会えませんか?
&xa0;
明日の昼休み、会えませんか?
&xa0;
&xa0;
だが、その通知を、その男が見ることはなかった。膨らむ数字。100。1000。18000。あまりに多いその数字を見て友が驚き、ようやく開いて一気に0にする。そんな日。
&xa0;
185センチというその身長は、クラスの中でもかなり目立ち、どちらかというと細身で、丸顔に、印象的なくるんとした瞳を持っていたミョンノサム。口数の多い方ではなく、そのため同級生より大人びて見えたが、たまに笑うその笑顔は、男にしてはあまりに愛らしく、クラスメートも改めて驚くほどだった。
&xa0;
&xa0;
日課になっていたウンスを家まで送るという行為がなくなり、その男は、暇をもてあましていたが、やりたいことも特になく、仕方なく、学校からすぐに家に戻り、机に向かった。
&xa0;
ウンスが目指している医学部。まったくそのような学部に興味はなかったが、幼馴染の女が、そんな厳しい学部でちゃんとやっていけるのか心配でならず、いや、単に心配することが癖になっているだけ、とそう自分に言い聞かせ、同じ参考書を繰り始めた。
&xa0;
今からじゃ、間に合わないか
&xa0;
そう独り言をいいながら、暇つぶしにと言い聞かせ、机に向かう。
&xa0;
そんな月日を半年ほど繰り返した春。二人は同じ学部に、入学していた。
&xa0;
ヨンクォンは、他にやりたいことがあり、違う大学へ入り、ウンスの送り迎えは必然的に難しくなった。それぞれが、難しい授業についていくのに必死で、高校の時のようにはいかなくなった。
&xa0;
だが、ミョンノサムはなるべくウンスの授業と合わせ、遅くなる時には必ずその側にいた。何を話すわけでもない。ウンスが一方的に学科のことを話すことが多く、ミョンノサムは、それをただ静かに聞きながら、たまに、違う箇所を指摘する。そんな帰り道だった。
&xa0;
歩いていると、ウンスのスマホが鳴る。あの音。ミョンノサムからだった。
&xa0;
スマホを見ながら歩き始めるウンス。だが、歩きながら打つことはできないようで、入力するたびに足を止める。
&xa0;
危ないから、家に帰ってからやれ
&xa0;
そう言うミョンノサム。
&xa0;
うん。分かった。でも、そうしたいんだけど、クォンが今話したいっていから
&xa0;
この写真面白いし
&xa0;
スマホを見て笑いながら答えるウンス。
&xa0;
ミョンノサムは、家に帰ってからにしろ、と言いながら、ヨンクォンにメッセージを送る。
&xa0;
あと十分で家につくから、それからにしろ
&xa0;
ただ、それだけのメッセージ。すると、すぐ戻ってきた。
&xa0;
また、一緒なのか?
&xa0;
それには答えないミョンノサム。ヨンクォンからのメッセージもそれ以降はなかった。
&xa0;
ウンスが家へ入るのを見届けながら
&xa0;
寝坊するなよ。明日は大切な学科だから
&xa0;
そう注意する。ウンスは、そのミョンノサムの声に頷きながら、背を向けたまま手を振り、家の中へと入っていく。
&xa0;
ありがと。助かった
&xa0;
そう言いながら。
&xa0;
ウンスの部屋の明かりがつく。一分ほどそれをなんとはなしに見つめると、一瞬だけ、街の明かりで薄明るい夜空を見上げ、あの月を探した。
&xa0;
&xa0;
三日月か
&xa0;
&xa0;
そう言い、ミョンノサムも自分の家へと入っていく。
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
掠れた息を吐きながら、ウンスの躰を抱いているあの男。その姿は見えなくても、このミョンノサムには分かっていた。
&xa0;
自分の唇を、今、あの男の命令するとおり、かすめなぞっている、自分が幼い頃からずっと護ってきたはずの女。
&xa0;
&xa0;
ミョンノサムが望んでいた世界とは、違いすぎる、今。
&xa0;
こんな世界、こんな刻を、その男は、望んでなどいなかった。
&xa0;
ウンスの幸せそうな顔が、見たいだけ。その横にいるのは、別に自分でなくていい。物心ついた時から隣にいたこの女の、哀しむ顔がみたくなかっただけ。その飛びっきりの笑顔を見ていたかっただけ。輝いているその瞳を、させていたかっただけ。だから、ずっと、見護ってきた。ただ、それだけ。
&xa0;
頼まれたから
&xa0;
そう、少し空いてしまった唇から、その言葉を出さないように、それだけは必死にそうして、なんとか胸の中へ落とし込んだミョンノサム。
&xa0;
ウンスの親に頼まれたから
&xa0;
自分の親に頼まれたから
&xa0;
そしてあそここの男に
&xa0;
&xa0;
だがーーーーー。
&xa0;
全てを捨て、
&xa0;
身代わりでもいい
&xa0;
そう想い、あの男と同じ瞳を長いまつげで閉まったはずなのに、やはり、無理だった。
&xa0;
いくら、頼まれても、これだけは、だめだ
&xa0;
やっぱり、だめだ
&xa0;
間違ってる
&xa0;
だめだ
&xa0;
だめだ
&xa0;
俺は、お前になんかなれない
&xa0;
俺は、お前じゃない
&xa0;
俺は、俺だ
&xa0;
&xa0;
身代わりで騙してそれでいいのか
&xa0;
お前は
&xa0;
そう言うと、ミョンノサムは、ウンスの手をまた引きちぎるまでに握りしめ、
&xa0;
&xa0;
だめだ
&xa0;
しっかりしろっ
&xa0;
早く戻らないと
&xa0;
早く
&xa0;
&xa0;
そう、あの時のように、ウンスを叱りながら、引っ張り走ろうとした。
&xa0;
だが、ウンスがまるでついてこない。あの男とともにいて、息絶え絶えのあの男といて、まるで力が入っていない。
&xa0;
すべてをその、今にも消え入りそうな、だが最後の力を振り絞り、自分の想いを、自分の計画を、告白しているその男に任せ、一つになっている。
&xa0;
&xa0;
&xa0;
だめだ
&xa0;
今じゃない
&xa0;
お前たちには、まだあるんだ
&xa0;
これからなんだ
&xa0;
まだ、何もしてないじゃないか
&xa0;
だめだ
&xa0;
未来を
&xa0;
未来を、つかめ
&xa0;
未来を
&xa0;
&xa0;
&xa0;
そのために俺は、生きてるのだから
そのために俺は、生まれてきたんだ
そのために
&xa0;
&xa0;
そのために
&xa0;
俺は死ぬまで護るんだ
&xa0;
お前を
&xa0;
そして、お前の男を
&xa0;
だから、今は戻れ、戻ってろ
&xa0;
お前のいるべき場所に
早く
&xa0;
それ以上、ここにいて消えることなど
&xa0;
俺が、この俺が絶対に許さないっ
&xa0;
&xa0;
絶対に
&xa0;
許さないっ
&xa0;
&xa0;
そう言うと、後ろにそびえ立つあの仏像に頭を下げ、ウンスを抱きすくめていたその男の躰を、預けた。その仏像に。
&xa0;
瞳が下を向いたかに見えた。
&xa0;
その瞬間。あの男の躰はふっと消え、そしてまた、カンナムの喧騒が二人の間に戻ってきた。
&xa0;
瞳の焦点があっていないウンス。
&xa0;
ミョンノサムは、そのウンスの瞳を覗き込むと、
&xa0;
一度だけ。
&xa0;
たった、一度だけ。
&xa0;
あの、男に、なった。
&xa0;
&xa0;
その瞳見つめながら、目の前にある唇の上のその端に、まるであの男がするようにミョンノサムの涙で濡れ過ぎてしまったその唇をそっと合わせ、そしてその唇の中に、あの男と同じように、熱すぎる吐息で
&xa0;
言った。
&xa0;
&xa0;
アイシテル
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
イムジャ
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
アイシテル
&xa0;
閉じる。
&xa0;
&xa0;
自分を捨てて、閉じる。
&xa0;
欲しくて、閉じる。
&xa0;
あの男になり、閉じる。
&xa0;
真っ暗になる。
&xa0;
遠くに聞こえていたカンナムの喧騒が、嘘のように消える。
聞こえるのはーーーー。
&xa0;
&xa0;
自分の頬を、その白く細い指で静かに優しく、だが、そろそろと震えながら撫でている女の息遣い。生まれた時からともに同じ時を過ごし、ずっと見護ってきた女の、あの吐息ノオト。
&xa0;
そして、自分の胸を激しく揺り動かしている、自身の心音。
&xa0;
&xa0;
それだけにしたかったのに、その世界を壊す、いや、その世界へと繋げようとしている別の音が、そこには、あった。
&xa0;
ウンスの背後から、出るはずのない力で絞り上げるように抱きすくめている、あの男の、途絶えがちな掠れた息ノオト。
&xa0;
自分の印を、自分の女に、貪るようにつけているその滑るオト。
&xa0;
そのオトはよく聞こえるのに、その女の耳だけに流し込まれている、あの男の想い。あの男が決断した告白は、ミョンノサムに届けられることはなかった。
&xa0;
&xa0;
二人が今、一つになっていることを、ミョンノサムは分かっていた。
&xa0;
一体どれだけ、その時を欲していたのか。どれだけ、その時を待ち望んでいたのか。
&xa0;
どれだけーーー。
&xa0;
どれほどまでにーーー。
&xa0;
&xa0;
独りの辛い夜を、何度も強いられ、その度に、早く朝の光を、光の前の鳥のさえずりを聞きたいと、それだけを願い、やり過ごしてきた、二人の、独りの夜。
&xa0;
朝さえくれば、その先には忙しい日常がやってくる。そうすれば、その時だけは、その辛さから逃れることができる。だが、その日常を得るために、二人は、この真っ暗で底なし沼のようなその刻を、過ごさねばならなかった。
&xa0;
どれだけ、その枕を、その下の白い布を、濡らせばよいのか。
流して、流して、流してーーー。
濡らして、濡らして。そして、濡らしてーーーー。
&xa0;
&xa0;
どこまで流し濡らしたら、なくなるのか。この雫は。
そう想う二人。
&xa0;
だが、それがなくなってしまったら、もはや、この苦しみに耐えられるはずもないということを、二人はまた、分かっていた。
&xa0;
それを流すために、濡らすためだけに、ただ、水を呑みほす。
&xa0;
そんな日。
&xa0;
&xa0;
&xa0;
喉が鳴る。
&xa0;
止めたくても、鳴ってしまう音。自分の中に?み込みたくても、どうしてもその喉を通り抜け、その下の胸へと落ちていかず、つまりそうな喉の苦しみに耐えられず、思わず唇を開ける。
&xa0;
はああっ
&xa0;
そこに漏れ出る、ミョンノサムがようやく知った、自身の愛のオト。そのオト、かき消すためにつかもうとしたが、遅かった。
&xa0;
目の前にいる女が、その唇の輪郭を、触れるか触れないかの感じで、触れていく。
&xa0;
後ろにいる男に命令されて、そろそろと、触れていく。
&xa0;
&xa0;
イムジャ
&xa0;
触れて
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
唇に
&xa0;
その唇に
&xa0;
愛しているのです
&xa0;
&xa0;
ですから
&xa0;
触れて
&xa0;
&xa0;
後ろから、突き上げるような自分の男の愛を存分に感じながら、ウンスは、その愛する男の言うとおり、目の前にいる男の唇を、かすめるようになぞっていく。
&xa0;
自分の男なのだと、そう後ろから繰り返し囁く、チェヨンの言う通り。
その少し空いてしまった唇をーーー。
&xa0;
&xa0;
すみませぬ
&xa0;
独りにして
&xa0;
泣かせて
&xa0;
こんなにも泣かせて
&xa0;
&xa0;
&xa0;
すみませぬ
&xa0;
イムジャ
&xa0;
すみませぬ
&xa0;
&xa0;
&xa0;
でも
&xa0;
これからは
&xa0;
&xa0;
大丈夫
&xa0;
&xa0;
大丈夫ですゆえ
&xa0;
&xa0;
&xa0;
ずっと側におります
&xa0;
ずっと側に
&xa0;
&xa0;
俺がヨンはイムジャの側にずっと
&xa0;
もう独りにはしませぬゆえ
&xa0;
独りにはしませぬ
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
息をするのも絶え絶えという体ていでソウルへ戻ってきた親友、ヨンクォンが心配でならず、ともに高麗への道を歩んだミョンノサム。
&xa0;
この男に、あの刻。ウンスを渡し、その男が護るべき刻は終わったはずだったのに、ヨンクォンがともにいられない刻だけ、見護っていればよいはずだったのに。渡したはずのヨンクォンもまた、そのあまりにも大事な手を離し、ウンスの本当の男、チェヨンに渡していた。
&xa0;
&xa0;
高校時代。ヨンクォンがウンスを連れ家まで戻ったのを、二階の窓から確かめ、カーテンの僅かな隙間を引く日。向かいのウンスの家。その扉が閉まるオトを聞き、ようやくミョンノサムの一日が終わる。
&xa0;
いや、終わったのではなく、ようやくそこから、その男のあの時間が始まる、そんな日だった。
&xa0;
&xa0;
楽しかった
&xa0;
単純に、楽しかったな
&xa0;
そう独り、言葉に出してみる。
&xa0;
昔を思い返す、あまりにも幸せな刻。おかしなことが多すぎて、刻に、
&xa0;
ふっ
&xa0;
と声に出して笑うことも多かった。
&xa0;
その間にも、その男のスマホにはプッシュ通知がどんどん寄せられる。
&xa0;
&xa0;
明日の放課後、会えませんか?
&xa0;
明日の昼休み、会えませんか?
&xa0;
&xa0;
だが、その通知を、その男が見ることはなかった。膨らむ数字。100。1000。18000。あまりに多いその数字を見て友が驚き、ようやく開いて一気に0にする。そんな日。
&xa0;
185センチというその身長は、クラスの中でもかなり目立ち、どちらかというと細身で、丸顔に、印象的なくるんとした瞳を持っていたミョンノサム。口数の多い方ではなく、そのため同級生より大人びて見えたが、たまに笑うその笑顔は、男にしてはあまりに愛らしく、クラスメートも改めて驚くほどだった。
&xa0;
&xa0;
日課になっていたウンスを家まで送るという行為がなくなり、その男は、暇をもてあましていたが、やりたいことも特になく、仕方なく、学校からすぐに家に戻り、机に向かった。
&xa0;
ウンスが目指している医学部。まったくそのような学部に興味はなかったが、幼馴染の女が、そんな厳しい学部でちゃんとやっていけるのか心配でならず、いや、単に心配することが癖になっているだけ、とそう自分に言い聞かせ、同じ参考書を繰り始めた。
&xa0;
今からじゃ、間に合わないか
&xa0;
そう独り言をいいながら、暇つぶしにと言い聞かせ、机に向かう。
&xa0;
そんな月日を半年ほど繰り返した春。二人は同じ学部に、入学していた。
&xa0;
ヨンクォンは、他にやりたいことがあり、違う大学へ入り、ウンスの送り迎えは必然的に難しくなった。それぞれが、難しい授業についていくのに必死で、高校の時のようにはいかなくなった。
&xa0;
だが、ミョンノサムはなるべくウンスの授業と合わせ、遅くなる時には必ずその側にいた。何を話すわけでもない。ウンスが一方的に学科のことを話すことが多く、ミョンノサムは、それをただ静かに聞きながら、たまに、違う箇所を指摘する。そんな帰り道だった。
&xa0;
歩いていると、ウンスのスマホが鳴る。あの音。ミョンノサムからだった。
&xa0;
スマホを見ながら歩き始めるウンス。だが、歩きながら打つことはできないようで、入力するたびに足を止める。
&xa0;
危ないから、家に帰ってからやれ
&xa0;
そう言うミョンノサム。
&xa0;
うん。分かった。でも、そうしたいんだけど、クォンが今話したいっていから
&xa0;
この写真面白いし
&xa0;
スマホを見て笑いながら答えるウンス。
&xa0;
ミョンノサムは、家に帰ってからにしろ、と言いながら、ヨンクォンにメッセージを送る。
&xa0;
あと十分で家につくから、それからにしろ
&xa0;
ただ、それだけのメッセージ。すると、すぐ戻ってきた。
&xa0;
また、一緒なのか?
&xa0;
それには答えないミョンノサム。ヨンクォンからのメッセージもそれ以降はなかった。
&xa0;
ウンスが家へ入るのを見届けながら
&xa0;
寝坊するなよ。明日は大切な学科だから
&xa0;
そう注意する。ウンスは、そのミョンノサムの声に頷きながら、背を向けたまま手を振り、家の中へと入っていく。
&xa0;
ありがと。助かった
&xa0;
そう言いながら。
&xa0;
ウンスの部屋の明かりがつく。一分ほどそれをなんとはなしに見つめると、一瞬だけ、街の明かりで薄明るい夜空を見上げ、あの月を探した。
&xa0;
&xa0;
三日月か
&xa0;
&xa0;
そう言い、ミョンノサムも自分の家へと入っていく。
&xa0;
&xa0;
&xa0;
&xa0;
掠れた息を吐きながら、ウンスの躰を抱いているあの男。その姿は見えなくても、このミョンノサムには分かっていた。
&xa0;
自分の唇を、今、あの男の命令するとおり、かすめなぞっている、自分が幼い頃からずっと護ってきたはずの女。
&xa0;
&xa0;
ミョンノサムが望んでいた世界とは、違いすぎる、今。
&xa0;
こんな世界、こんな刻を、その男は、望んでなどいなかった。
&xa0;
ウンスの幸せそうな顔が、見たいだけ。その横にいるのは、別に自分でなくていい。物心ついた時から隣にいたこの女の、哀しむ顔がみたくなかっただけ。その飛びっきりの笑顔を見ていたかっただけ。輝いているその瞳を、させていたかっただけ。だから、ずっと、見護ってきた。ただ、それだけ。
&xa0;
頼まれたから
&xa0;
そう、少し空いてしまった唇から、その言葉を出さないように、それだけは必死にそうして、なんとか胸の中へ落とし込んだミョンノサム。
&xa0;
ウンスの親に頼まれたから
&xa0;
自分の親に頼まれたから
&xa0;
そしてあそここの男に
&xa0;
&xa0;
だがーーーーー。
&xa0;
全てを捨て、
&xa0;
身代わりでもいい
&xa0;
そう想い、あの男と同じ瞳を長いまつげで閉まったはずなのに、やはり、無理だった。
&xa0;
いくら、頼まれても、これだけは、だめだ
&xa0;
やっぱり、だめだ
&xa0;
間違ってる
&xa0;
だめだ
&xa0;
だめだ
&xa0;
俺は、お前になんかなれない
&xa0;
俺は、お前じゃない
&xa0;
俺は、俺だ
&xa0;
&xa0;
身代わりで騙してそれでいいのか
&xa0;
お前は
&xa0;
そう言うと、ミョンノサムは、ウンスの手をまた引きちぎるまでに握りしめ、
&xa0;
&xa0;
だめだ
&xa0;
しっかりしろっ
&xa0;
早く戻らないと
&xa0;
早く
&xa0;
&xa0;
そう、あの時のように、ウンスを叱りながら、引っ張り走ろうとした。
&xa0;
だが、ウンスがまるでついてこない。あの男とともにいて、息絶え絶えのあの男といて、まるで力が入っていない。
&xa0;
すべてをその、今にも消え入りそうな、だが最後の力を振り絞り、自分の想いを、自分の計画を、告白しているその男に任せ、一つになっている。
&xa0;
&xa0;
&xa0;
だめだ
&xa0;
今じゃない
&xa0;
お前たちには、まだあるんだ
&xa0;
これからなんだ
&xa0;
まだ、何もしてないじゃないか
&xa0;
だめだ
&xa0;
未来を
&xa0;
未来を、つかめ
&xa0;
未来を
&xa0;
&xa0;
&xa0;
そのために俺は、生きてるのだから
そのために俺は、生まれてきたんだ
そのために
&xa0;
&xa0;
そのために
&xa0;
俺は死ぬまで護るんだ
&xa0;
お前を
&xa0;
そして、お前の男を
&xa0;
だから、今は戻れ、戻ってろ
&xa0;
お前のいるべき場所に
早く
&xa0;
それ以上、ここにいて消えることなど
&xa0;
俺が、この俺が絶対に許さないっ
&xa0;
&xa0;
絶対に
&xa0;
許さないっ
&xa0;
&xa0;
そう言うと、後ろにそびえ立つあの仏像に頭を下げ、ウンスを抱きすくめていたその男の躰を、預けた。その仏像に。
&xa0;
瞳が下を向いたかに見えた。
&xa0;
その瞬間。あの男の躰はふっと消え、そしてまた、カンナムの喧騒が二人の間に戻ってきた。
&xa0;
瞳の焦点があっていないウンス。
&xa0;
ミョンノサムは、そのウンスの瞳を覗き込むと、
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一度だけ。
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たった、一度だけ。
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あの、男に、なった。
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その瞳見つめながら、目の前にある唇の上のその端に、まるであの男がするようにミョンノサムの涙で濡れ過ぎてしまったその唇をそっと合わせ、そしてその唇の中に、あの男と同じように、熱すぎる吐息で
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言った。
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アイシテル
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イムジャ
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アイシテル
Posted by fast186401355 at 04:54│Comments(0)